凛太郎3

愚連隊V





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警備員VS警察『悪たれZZ』

まったく話にならない馬鹿げた事です 携帯の「楽々ホーン」からスマホにしました、理由はピクチャーの感度のいい奴で撮りたいだけ、

単純そのもの、馬鹿げているかも知れませんが、チエンジしました。

ところがこの野郎は頭が優れていまして、パソコンと同じ機能を持っているのだよ、

とりあえずいじくりまわして、使えるようにしました、処がだ?可笑しな事に?いつも同じ時間に起こされます。

NTTDocomoのコーマーシャルか分からんが、寝ている時なので頭にきました、

ふざけるのじゃぁねぇ〜スマホに変えてからすでに半年に成るんるだぜ、冗談じゃぁねぇ〜怒るよ〜

気持ちよく寝ている邪魔は許される訳がネェだろう、解るかな、それでも寝つきの悪いオイラよ〜

オイラの場合は夜の仕事であるからして、寝にくい昼間の明るい時間が睡眠時間なのだ、

うんざりのするよ、こらっ!寝かせてくれっ!



そして、とうとう鶏冠(トサカ)に血がのぼりバイクでDocomoへ向かいましたぜ、

もう、いきなり、『こらっ!責任者をヨベッ!』 当然に大勢の客は驚いています、

そんな事は関係ない、スマホを投げつけいいましたぜ、『こらっ!てめぇ何をやりやがるんでぇ〜』 なんて、

人の事もお客も関係はねぇ〜脳天に血がのぼっているオイラは大声で『馬鹿野朗』の連発、

『ファック・ユー テメェラは商売かもしれねぁが、いい加減にしやがれってゃんでぇ〜』 絶好調のやくざ映画です。

まず、対応が悪すぎる機械音痴か馬鹿か?Docomoの受付の阿呆からしてスマホが理解されていない?

あきれ返る程の低脳の悪い野郎をDocomoは雇っていることになる、働いている社員が自社の製品の説明が出来ない?



あきれてしまうどころかこの馬鹿店員無線を取り出しオークシティの警備員に連絡しているではないか?

頭にきますぜ、『ファック野郎、お客をなめてんのか』オイラは思いっきり唾を顔にめがけてぶっ掛けましたぜ。

オイラは大和警察署を呼び出し、ジャスコの中のDocomoへ急行せよ! なんて連絡を入れました。

警備員VS警察官だぜ(大笑い)

Docomo側はなんとか治めようと、しかしオイラは筋が通る話をしているのに、順番のおはなしばかり?

警備員も三人の警察官が着たので頭を抱え、オイラの話を聞いている、

野次馬がふくらんでワイワイガヤガヤ〜〜さぁ〜どうする!

理不尽なDocomo野朗はこそこそおどおどしやがって、そこで店長あらわる、

時代劇みたいなモミ手をしながらぺこぺこ、俺に言わせりゃ、無礼者そこにナオレッ、御用あらためで御座るぞ!

小判の一枚でも握らせてくれれば大人しく帰ったものを、なんて〜

こんな馬鹿げた茶番劇なんかやっているより、スマホの具合を教えてくれれば問題なし、

馬鹿らしくなってきたので警察官に向かって、

全員撤退!   警察官3名はオイラの号令で、オークシティのDocomo店から堂々の引き上げでござんした。

こんなこと、何の特にもなりません。

あ〜〜〜〜しゃくにさわるDocom馬鹿店員だこと!



THE END







つづく〜〜



裏切りの街 その2 なぜか《浅草》



真面目に務め上げていましたが、第一回の公判には両親は出廷せず

再び山奥へ逆送されました、同房の奴らは言ってました

少年犯罪の場合は親がOKしない限り、娑婆に出ることは不可能な事らしい

そんな訳で未だに娑婆に出られない大先輩が何人かいました

そして悪玉の夜間教育(囚われている先輩)が始まるのだ

どうしたら察に挙げられず、賢く立ち回るのか 極道の世界をミッチリ教えてくれるのだ

本人だってまだまだ十代の餓鬼のくせにして まぁ よく知っていますこと

年少にも毎週のように新入りがやってきます

その連中にも当然、ゴロツキ社会の仕組みを教え込んだりしているから

娑婆に出る頃には いっぱしのオア兄さんに成っています

しかし又 懲りもずに一ヶ月もしない内に またここに戻って来る奴もいました

よほど気に入ってっても好んで戻って来るわけがないだろう 再犯を繰り返せば

いずれは少年院 それとも地の果て少年刑務所か そして年齢制限で刑務所送り

再犯をつづけていれば いずれは懲役太郎の世界になって行く事になるのです

  二度と犯罪には手を染めません なんて言っていましたが社会のルールに馴染むまでが苦労なのだ



半月がたち やっとパイ(仮釈放)になりました

娑婆に出て まず旨い飯屋へ行く事は言うまでもない

  行き付けの処は顔は出さないようにと(保護司)支持があったが

古巣を歩けば誰か顔見知りの人間に出会うものです そして

  いつまでもフーテン(プー太郎)を している訳にはゆかない

まず仕事を決めねば なんとなく浅草橋の問屋街で住み込みで働く事になる

得意の絵筆で、学童鞄に絵を描く単純な流れ作業員の一人になりました

『浅草には俺の女が居るから伝えてくれ』なんて入所中の土地者に頼まれましたが

しかし 働いている工房は月に二回の休み おまけに毎晩のような残業作業です

  散歩も 買い物も 風呂や以外に外出する時間はほとんどないのだ 疲れます!

おまけに未成年と言う事で酒もタバコも禁止なのだよ

夜遊びタイムがないからまるで房での 単純作業をしているみたい

  自由時間は飯を食うのと 便所タイムがバカみたいにうれしい



そんな事情があり 浅草の人の事は もう忘れていました

伝書鳩(出所した連絡員)として役目は果たせず数ヶ月がたち ある日

久々の休日に雷門を歩いているときの事 後ろから声をかける男がいました 

   振り向くとビシッと背広を着た背の高いお兄さん!そう 浅草の先輩と鉢合わせ それとお身内の人 

これには吃驚です まさか 世間は狭すぎです いつになったら出られるのだと なげいていた男

その男 浅草の先輩が 目の前にニヤニヤ笑って立っていたのです 近くのサテンへ入り話を聞くと

いろんな事があったそうですが 兎に角数ヶ月かかつて出てきたそうです

来年は二十歳になるので ここらで一旗挙げるのだと息巻いていました

娑婆にいるのが嬉しいせいか その晩は二人で飲みに行きました 久し振りの酒に泥酔しました

その後 浅草(ROX)六区の周辺で見かけた事がありましたが 仕事を辞めてから行くことも減り

  現在は知る人も居ません







《WILD BONANZA》


アメリカの街、246号線は鶴間駅(小田急江ノ島線)海軍は上瀬谷通信隊からはじまり、

厚木の海軍及び海兵隊、さらに陸軍キャンプ座間あります。

位置的に言えば鶴間ステーションは国道246号線の通過地点でもあり、

米軍の兵隊の遊ぶ酒場(Bar)の中心地になりました、



1970年代(ベトナム戦争)で散々な目にあったアメ公の兵隊野郎の遊び場が、

ジャパンとは皮肉な関係になり、まぁオコボレ頂戴であります。

まだまだロックBARなんて基地の周りには、一軒も無いときです、

1975年4月にサイゴン陥落によってベトナム戦争は終戦となり、

徴兵でベトナムで馬鹿をみた野郎達が、イエローモンキーを笑えなくなる時だぜ!

早い話がざまぁはねぇよ〜



またジャパンの経済状態は固定相場制から変動相場制になり、

250円台だった円相場が1986年末には一時160円を突破した。

ありゃありゃ〜〜えれぇ事で御ざいます、まぁ、どうでも良い事だよ、



その時、オイラは日比谷の野外音楽堂にいました、

1976年が3月がBonanzaがオープンした年ですから、もうすでに9年が過ぎていました。

変動相場制になってからの歴史は塗り代わり、米兵達は外出しなくなりました。