1983〜1985 俺達の海 U
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『誰もいない海』なんて唄がありますが、人影ポツリ!

かれが俺達が愛した、伊豆は下田『多々戸浜』です

今の人達が経験できない奇跡の海岸だよ、素晴しい、感動しますよ!

真冬に行けば寒いけれど、少しは感じがでるかも?


砂が焼けるように熱くなり、ビーサンは絶対に必要です

地元のには年老いた魚師さんが、浜の一部でアワビの養殖をしている

常連だった俺達は気楽に話すようになり、アワビ泥棒の夜間の見張り番のようでだった



伊勢佐木町から来た常連のサーファー

もちろん菩南座にも遊びに来たロック・フアン

お店に行けば会え・・・・・?



JohnJohnの常連さん!

良い波が来ているときは、丘には上がってこない

だから夕方まで浜に出ている



脱衣所なんてありません、女子は車の中でなんとか

とりあえず、電気の無いトイレと、山の水を引いたような炊事場もありました



1980年代、JohnJohnの常連さんでした

伊勢佐木町の中華料理店の若大将でしたが

のちに野毛でBar「NOGE STREET」をオープンしましたが

最近、たよりが無いのが寂しい、バイクが好きで良く海や山へゆきました



波に乗りのあとのビールが旨い、

彼女は1973年頃のJohnJohnガールでした!



なぜか肉が無いのは昔からです、ホネホネ・ロックZZ(爺)である


下田では良く通った定食屋『はじめ』がありましたが

そこの親父のシーメの盛りときたら半端でねぇ〜

大盛り過ぎてオイラは冷や汗もので食いました

また意地悪い親父さんで、にこにこしながら『ヘィ、お待ち!』う〜〜〜ん駄目だ!

なぜか?大盛りも子盛りも同じだよ? (思い出すだけで苦しくなります)



海が大好きで、『そてっ!行くぞ〜』の一言で多々戸へきました

浜では噂のでるおかしなチャンネェで、海外の海へ良く行くらしい


浜から居なくなりバリ島住まい、そのうち男が出来て島民ぐらし

原住民になってもおかしくない、と思います



 素晴しい笑顔でかたりかけ、軽い感じで男を好きになり

浜の男を虜にした、1983年の時代のめずらしい話題のチャンネェでぜ!

プレイ・ガールNo1、でいいでしょう        



真っ黒に焼けた肌、

バリ島からの便りは、JohnJohnで聞いたことがある



泳いで疲れたのか日影の車でおやすみzzzzzz






1983年のオイラです、海の男だよ

餓鬼の頃から泳ぎは得意で、人命救助で活躍(うそっぽい)

秋刀魚の様に細いから、スピード感はバイク並み、うそ!

身体のバネを生かしてノシ泳法(大笑)
夕方には下田の街」の『浅間湯』って言う銭湯へ行きますが 

                            初めて行ったときは、地獄の釜茹で状態になり、水をかぶって出たよ

焼いたら入るな、常識よ!

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